大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成4年(ネ)3702号 判決

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2(一)  (甲事件)

控訴人らと被控訴人木舘貞夫、同遠藤朝子、同久保昭吾及び同木田雪子との間において、

(1) 被控訴人木舘貞夫が被相続人木舘金七郎の相続権を有しないこと、

(2) 控訴人らと右被控訴人らが昭和六〇年一〇月二六日及び昭和六一年六月一七日に成立させた各遺産分割協議が無効であること

をそれぞれ確認する。

(二)  (乙事件)

(1) 被控訴人木舘貞夫は、原判決別紙物件目録(一)1記載の土地について宇都宮地方法務局今市出張所昭和六〇年一〇月三〇日受付第一三三九七号の所有権移転登記の、同目録(一)2記載の土地について同出張所昭和六一年七月七日受付第八三三七号の所有権移転登記の、同目録(一)3記載の土地について同出張所同日受付第八三三八号の所有権移転登記の、同目録(一)4ないし26記載の土地について同出張所同日受付第八三三九号の所有権移転登記の、原判決別紙物件目録(二)1ないし5記載の土地について同出張所昭和六〇年一〇月三〇日受付第一三三九七号の所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。

(2) 被控訴人渡辺生コンクリート株式会社は、原判決別紙物件目録(二)1ないし4記載の土地について宇都宮地方法務局今市出張所昭和六〇年一一月一一日受付第一三八四三号の所有権移転登記の、同目録(二)5記載の土地について同出張所同日受付第一三八四四号の所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁(被控訴人全員)

主文同旨

第二  当事者の主張

一  当事者双方の主張は、二のとおり訂正し、控訴人らの当審における主張として三のとおり付加するほかは、原判決「第二当事者の主張」(原判決三枚目裏八行目から一八枚目表六行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

二  原判決五枚目表四行目の「ⅰ 金七郎は、昭和六〇年二月か三月ころ、被告渡辺生コンに賃貸中の土地を同被告に売却して得た代金は日光自動車に寄付する旨の遺言書を作成した。」を「ⅰ 金七郎は、昭和六〇年二月か三月ころ、被控訴人渡辺生コンに賃貸中の土地を同被控訴人に対して売却したときは、その代金を日光自動車に遺贈する旨の遺言書を作成した。」と、同六枚目裏末行の「幸夫」を「幸雄」と、同七枚目表六行目の「網幸夫」を「網幸雄」と訂正し、同八枚目表四行目から五行目にかけての「その余の事実は認める。」を削除し、同五行目から七行目までの「なお、遺言の内容は、原告ら主張の売却代金を日光自動車の借金の返済に充てさせるため同社に寄付するからというものであった。」を「なお、遺言の内容は、被控訴人渡辺生コンに賃貸中の土地を同被控訴人に売却し、その代金を日光自動車に寄付するから、被控訴人貞夫は代金を右自動車学校の債務の返済に充てるように、右については同人の兄弟も協力するように、というものであり、相続に関する遺言とはいえない。」と訂正する。

三  当審における控訴人らの主張

1  当審証人網幸雄は、同人の見た遺言書の筆跡が、金七郎の書いた印鑑紛失届(甲第一〇号証の一)や葉書(甲第一二号証)の筆跡とは全く違う感じである旨証言している。また、金七郎は、日光自動車の開業及び経営に関与したことも、会長的な立場にあったわけでもなく、被控訴人貞夫については、金七郎から贈与を受けた土地を他に処分してしまい、自分が死んだら登記名義を変えることになっているから、自分の死を待っていると憤慨していたものであり、被控訴人渡辺生コンに賃貸中の土地を同被控訴人に売却する意思はなかったもので、金七郎が右土地を同被控訴人に売却して得た代金を日光自動車に寄付するという趣旨の遺言書を作成するということはありえない。右事実に照らしても、遺言書は、被控訴人貞夫が金七郎の印鑑を用いて偽造したものである。

2  仮に金七郎作成の真正な遺言書が存在したとすれば、被控訴人貞夫がこれを故意に破棄又は隠匿した。

3  被控訴人渡辺生コンへの土地の売買については、金七郎には右土地を売却する意思はなかったものであり、売買契約書、土地売買等届出書、農地法五条の規定による許可申請書のどこにも金七郎の自署はなく、売買契約書が金七郎の意思に基づいて成立したと認めるべき信用性のある証拠は全く存在せず、右売買は金七郎の意思に基づくものではない。

4  控訴人らは、被控訴人貞夫から、被控訴人渡辺生コンに土地を売却して得た代金は日光自動車へ寄付する旨の金七郎の遺言書があったが、網幸雄がこれを廃棄した旨の虚偽の事実を告げられ、これを信じて遺産分割協議に応じたものである。

第三  証拠(省略)

理由

一  当裁判所も、控訴人らの各請求をいずれも棄却すべきものと判断するものであるが、その理由は、二のとおり付加訂正し、三を付加するほかは、原判決の理由(原判決一八枚目表末行から三五枚目裏終わりより二行目まで)と同一であるから、これを引用する。

二  1 原判決一九枚目表六行目及び二八枚目表一行目の各「証人網幸雄」をいずれも「原審及び当審における証人網幸雄」と改める。

2 原判決三一枚目表終わりより二行目から同裏三行目までを次のように改める。

「(三) ところで、民法八九一条五号は、相続法上有利になることを目的として又は不利になることを避けるのを目的として、相続に関する被相続人の遺言書を破棄し又は隠匿した者につき、制裁として、右被相続人についての相続欠格事由としたものであるから、右破棄又は隠匿は、遺産取得に関し、不当に利得し若しくは利得しようとの目的をもって又は不利益を免れ若しくは免れようとの目的をもって、遺言書であることを知って破棄又は隠匿したことを要するものと解すべきである。

本件において、前記認定の事実関係の下においては、被控訴人貞夫が金七郎の遺産取得に関し、不当に利得し若しくは利得しようとの目的をもって又は不利益を免れ若しくは免れようとの目的をもって、金七郎の遺言書を破棄又は隠匿したとはいえず、他に右に該当する事由を認めるに足る証拠はないから、控訴人らの前記主張は採用することができない。」

三  当審における控訴人らの主張について

1  控訴人らは、当審証人網幸雄の証言を援用して、金七郎の遺言書の筆跡が金七郎のものでないこと、また、金七郎は、日光自動車の開業、経営に関与したことも、会長的な立場にあったわけでもないこと等をあげて、金七郎には被控訴人渡辺生コンに賃貸中の土地を同被控訴人に売却する意思はなかったもので、金七郎が右土地の同被控訴人に対する売却代金を日光自動車に寄付するという趣旨の遺言書を作成するということはありえないのであるから、遺言書は、被控訴人貞夫において、同被控訴人が所持していた金七郎の印鑑を用いて偽造したものである旨主張する。

しかし、原審における証人網幸雄の証言によると、同証人は遺言書の筆跡が金七郎のものであることを明言しており、同証人の原審における証言から当審における証言まで、四年が経過していることに照らすと、同証人が見た遺言書の筆跡が、金七郎が書いた印鑑紛失届(甲第一〇号証の一)や葉書(甲第一二号証)の筆跡とは全く違う感じである旨の当審における同証人の証言をもって、遺言書の筆跡が金七郎のものではないと断ずることはできないし、また、原審における被控訴人木田雪子本人尋問の結果によれば、金七郎は被控訴人貞夫と死亡するまで同居し、その仲は悪くはなかったことが認められ、被控訴人貞夫について、金七郎から贈与を受けた土地を他に処分してしまい、自分が死んだら登記名義を変えることになっているから、自分の死を待っていると憤慨していたとの原審における控訴人木舘隆男の供述は採用できず、金七郎が、会長的な立場で日光自動車の経営に事実上関与し、金七郎に被控訴人渡辺生コンに賃貸中の土地を同被控訴人に売却する意思があったことは、前記認定のとおりであるから、控訴人らの右主張は採用することができない。

2  次に控訴人らは、仮に金七郎作成の真正な遺言書が存在したとすれば、貞夫がこれを故意に破棄又は隠匿した旨主張する。

当審における証人網幸雄の証言によると、同人は、被控訴人貞夫から遺言書を見せられたが、遺産分割の内容に触れていないので有効性がないものと判断して、これを被控訴人貞夫に返したことが認められ、遺言書は被控訴人貞夫の手に戻ってからその所在が不明となったものと認められる。しかし、遺言書の内容が、前記認定のとおり被控訴人貞夫に有利な内容であることに鑑みると、被控訴人貞夫が民法八九一条五号にいう被相続人の遺言書を破棄し又は隠匿した者に当たるとはいえないものというべきであることは前示説示のとおりであるから、控訴人らの右主張も採用することができない。

3  また、控訴人らは、被控訴人渡辺生コンへの土地の売買は金七郎の意思に基づくものではない旨主張する。

しかし、金七郎が、会長的な立場で日光自動車の経営に事実上関与していたこと、金七郎に被控訴人渡辺生コンに賃貸中の土地を同社に売却する意思があったことは、前記認定のとおりであり、控訴人ら主張の各書面に金七郎の自署が存在しないからといって、金七郎に被控訴人渡辺生コンに賃貸中の土地を同被控訴人に売却する意思がなかったとはいえないから、控訴人らの右主張も採用することができない。

4  更に、控訴人らは、被控訴人貞夫から、被控訴人渡辺生コンに土地を売却して得た代金は日光自動車へ寄付する旨の金七郎の遺言書があったが、網幸雄がこれを廃棄した旨の虚偽の事実を告げられ、これを信じて遺産分割協議に応じたものである旨主張する。

しかし、原審における控訴人木舘隆男及び控訴人木舘裕次の各本人尋問の結果によっても、控訴人らは被控訴人貞夫から、金七郎が被控訴人渡辺生コンに賃貸中の土地を同被控訴人に売却したこと、右売却代金を日光自動車に寄付するから、代金を日光自動車の債務の返済に充てるように、右のようにするについては被控訴人貞夫の兄弟も協力するようにとの遺言書を書いたとの説明を受けて、このようなことを金七郎がしたものと信じて、遺産分割の協議に応じたもので、金七郎の遺言書があったが、これを網幸雄が廃棄したとの被控訴人貞夫の説明があったがゆえに協議に応じたものではないことが明らかであるうえ、金七郎が、被控訴人渡辺生コンに賃貸中の土地を同被控訴人に売却し、右趣旨の遺言書を書いたことは前記認定のとおりである。右事実関係に鑑みると、被控訴人貞夫が控訴人らに遺産分割協議における相続財産の処分について錯誤を生じさせるような虚偽の事実を告げたものとは認められないから、控訴人らの右主張も採用することができない。

四  以上のとおり、控訴人らの請求をいずれも棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却すべきである。

よって、民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例